令和7年度

目 的:令和6年能登半島地震による地形変化(主に隆起、液状化、崖崩れなど)の観察や、隆起によっ

て新たに観察可能となった露頭(能登半島を構成する輪島崎層など)の観察を通して、能登半島

の地史および地震被害の状況を理解し、今後の地学教育および防災教育に役立てる。

実施日:令和7年8月21日(木)~23日(土)

場 所:石川県輪島市、珠洲市、能登町ほか

講 師:ロバート・ジェンキンズ助教授(金沢大学理工研究域地球社会基盤学系)

参加者:高教研地学部員ほか 計14名(講師含)

内 容:

8/21木 

13:30~ 石川県河北郡内灘町(西荒屋小学校)

講師 と金沢駅で合流した後、液状化が顕著にみられる河北郡内灘町西荒屋小学校へ移動した。海岸付近に位置する内灘砂丘(高さ約20m)の傾斜角に応じて、不同沈下や噴砂(緩傾斜)、側方流動(急傾斜)による地震被害を観察した。一方、地下水が影響しない砂丘上部では液状化の被害が全くなかった。地下水位が、液状化に多大な影響を与える様子が観察できた。

     
 西荒屋小と内灘砂丘(右奥)      液状化被害の様子          側方流動で動いた家屋

15:40~ 石川県輪島市(琴ヶ浜海岸)

関野鼻石灰質砂岩層(14Ma)に貫入する黒崎安山岩(8Ma)を観察した。黒崎安山岩には柱状

節理が発達する。岩体の中心部ほど柱状節理が大きく、周辺部との温度差があったと推測される。なお、令和6年能登半島地震により貫入岩体の一部が崩れ落ち、転石が浜辺を埋め尽くしていた。また、安山岩に貫入された関野鼻石灰質砂岩層には、多くの貝化石とともにウニ化石が含まれていた。さらに、海岸の一部が隆起した様子が、現生生物の痕跡により確認することができた。

    

 黒崎安山岩(左奥)と琴ヶ浜海岸    黒崎安山岩の柱状節理       ウニ化石(矢印)

16:30~ 石川県輪島市(黒島漁港)

令和6年能登半島地震により約3.6m隆起した黒島漁港を見学した。港湾内は完全に離水してお

り、一部は既に植生に覆われていた。太平洋側に比べ、日本海側は年間潮位差が約1mと小さいため、隆起の影響を大きく受け、港全体が干上がった。

岸壁には、潮間帯に生息する石灰藻類が白色の石灰質物質となって付着していた。その中に、潮間帯指標種のヤッコカンザシの水色を呈した棲管(現生)を観察できた。波浪の影響を直接受けない部分(岸壁の影)に見られ、明らかに他と区別することができた。なお、地層中でも水色を呈するとのことで、示相化石としても利用できるとのことだった。

       

     離水した黒島漁港(港湾内)       ヤッコカンザシの巣穴(現生)      残留した石灰質生物痕跡(白)

17:00~ 石川県輪島市(鹿磯漁港)

    約4m隆起した鹿磯漁港だが、黒島漁港とは異なり、港湾内が離水していない。地震発生から1年以上経過した現在も、転覆した船がそのままであった。ただ、港の一部を埋め立てることで、港が一部再利用(主に小型船のみ)可能となっている。

岩礁では、最上部の陸成層である道下層(16Ma)が、下位の地層を覆う様子が観察できた。道下層は分級が悪く、礫が多数含まれる岩相から河川堆積物と思われる。下位の砂岩層には、現生の穿孔二枚貝(カモメ貝)やウニマンションの様子が観察できた。ここで1日目の巡検行程が終了し、宿へ向かった。

         

     鹿磯漁港(右奥は転覆船)             再利用される鹿磯港(中央奥)     道下層(中央奥)の一部

8/22金 

10:00~ 石川県輪島市輪島崎町(鴨ヶ浦)

    関野鼻石灰質砂岩層に対比される輪島崎層(14Ma)が隆起し、以前よりも観察可能範囲が拡大した。輪島崎層からは化石が豊富に産出し、二枚貝、フジツボ類、生痕化石が数多く観察できた。特に生痕化石は、サンドパイプや特徴的な構造が数種類観察できた。サメの歯化石もみられ、転石も含めて5個発見することができた。いずれもエナメル質の光沢が残る、サメの歯化石だった。

         

      隆起した海食台                 生痕化石(サンドパイプ)     サメの歯の化石 

11:30~ 石川県輪島市白米田町(千枚田)

    観光地でもある白米千枚田を、道の駅展望台より見学した。地滑りによって形成された円弧状の地形内を、有効活用している様子が観察できた。また、令和6年能登半島地震によって、国道249号が地すべりで寸断された。しかし、隆起によって出現した新たな土地を活用し、迂回路が設置されていた。災害と隣り合わせの土地に住む方々の知恵を、災害教育に生かすべきと感じた。

         

     千枚田(棚田)                    迂回路(北陸中日新聞より)     迂回路の様子 

14:30~ 石川県珠洲市狼煙町(禄剛崎)

    海岸段丘(海食台、海食崖)が広がる禄剛崎を見学した。段丘の高低差は約50mあり、海食台

では泥岩と頁岩の見事な互層が観察できた。また、穿孔貝の穿孔方法やその生活環の説明を受け、

改めて不思議な生物だと感じた。そのほか、海食台上では、海綿の遺骸が多数みられた。

         

      海食台                 海食崖               穿孔貝

16:00~ 石川県珠洲市(飯田港、見附島)

令和6年能登半島地震による津波被害を観察するため、飯田港・見附島を訪れた。飯田港では、

建物や防波堤に、巨大な力が加わった痕跡が残っており、当時の津波エネルギーを窺い知ることができた。特に、建物(スーパー)の外壁に残る津波衝撃痕は印象的であった。また、見附島は令和6年能登半島地震により崩れ、以前よりもスリムな見附島となった。

         

    建物外壁に残る津波跡            防波堤に残る津波の破壊跡    スリムになった見附島 

8/23土 

8:00~ 石川県鳳珠郡能登町(九十九湾)

金沢大学の臨海実験施設所有の実習・調査船「あおさぎ」に乗船し、九十九湾海底の津波堆積物の採取を行った。採泥器のセッティング、投入、採取、柱状サンプル処理といった一連の作業は、普段目にすることがなく、貴重な機会となった。

         

       九十九湾での調査               船上でのコアサンプリング      桟橋でのサンプル処理 

 10:00~ 石川県鳳珠郡能登町(金沢大学環日本海域環境研究センター臨海実験施設)

     サンプルを採取後、臨海実験施設へ戻り、剥ぎ取り標本の作製指導を受けた。サンプルに下処理を施した時点で、津波堆積物とおぼしきレイヤーが明瞭に観察できた。また、作成した標本にも、津波堆積物を明瞭に写し取ることができ、貴重な授業用資料が作成できた。標本の作製を無事に終え、3日間の全日程を終了した。

          

      サンプル表面を整える       剥ぎ取り作業                完成した剥ぎ取り標本

 

13:00~ 臨海実験施設の近くにあるイカの駅つくモールで昼食。その後、講師の先生と別れたのちに金沢駅へ向かい、駅で解散した。今回の巡検で、令和6年能登半島地震の地震被害が、石川県の地質と深く結びついていることを学んだ。防災教育における地学の重要性を再確認できた。

令和6年度

目 的:福島県の中北部に位置している磐梯山・安達太良山の特徴的な地形や噴出物を歴史

 時代から数十万年前に遡って観察し、火山の噴火の様子やその成り立ちを推測することで、今後の防災教育や地学教 育に役立てる。

実施日:令和6年8月19日(月)~20日(火)

場 所:福島県耶麻郡北塩原村、二本松市

講 師:藤縄明彦 先生(茨城大学名誉教授)、佐藤公 先生(磐梯山噴火記念館館長)

参加者:高教研地学部員ほか 計24名(講師含)

内 容:

8月19日(月) 

10:00~ 磐梯山噴火記念館

 佐藤館長より磐梯山及び安達太良山の噴火の歴史等についてご講演を頂いた。安達太良山の噴火史は、初めて聞く話が多数あった。また、各火山噴火による被災者の出身地等の違いで、地域の語り継ぎに大きな違いが生じている点は、とても興味深かった。講演の最後に、火砕流・噴煙下降・火山泥流等の演示実験を見せて頂いた。簡単な道具だが、疑似的な噴火の様子を詳細に観察できた。今後の授業に活かしたい。

 
                                  講演の様子                                演示実験の様子

13:00~ 裏磐梯山登山口(裏磐梯スキー場)

 昼食後、裏磐梯山登山口へ移動。裏磐梯スキー場より檜原湖方面に目を向け、山体崩壊と岩なだれの規模、堰止湖の様子を広範囲にわたって確認することができた。また、スキー場内にきれいに形成された箱状谷(アバランシェバレー)がよく見えた。その後、銅沼まで歩き、雄大なカルデラ壁を遠くから観察した。3層までが確認でき、噴火史について知識を深めることができた。

 
                               裏磐梯登山口にて                                           箱状谷(アバランシェバレー)   

                              銅沼より見たカルデラ

16:00~ 流れ山の露頭観察(磐梯3Dワールド裏)

 登山道の状況が不良のため、予定変更により下山し、流れ山の露頭観察を行った。岩塊相と基質相が見られ、流れ山の内部を構成するパッチワーク構造の様子が観察できた。この露頭は、施設の建設により、偶発的に現れた露頭であり、この貴重な露頭を残していくこと重要性を感じた。

 
                                     流れ山の露頭                                 設置された露頭案内板

8月20日(火) 

9:00~ 安達太良奥岳登山口(あだたら高原スキー場)

 安達太良奥岳登山口のロープウェイ山麓駅から山頂駅まで移動し、薬師岳パノラマパーク内の展望台望台から安達太良山を含む全体の地形を観察した。稜線にはいくつか段差がみられ、各々が溶岩流の末端崖であることが認識できた。また、溶岩流の新旧により、風化の程度差が生まれ、末端外の傾斜度に違いが見られた。地形図とあわせ、地形全体をみることで、このあと登る予定の行程をイメージすることができた。

 展望台を出発し山頂へ向け登り始めると、比較的平坦な登山道が続いた後に、傾斜の急な箇所があった。まさにここが溶岩流の末端崖に該当する部分だと実感しながらの登山となった。しかし、半分くらい登った時点で、遠くから雷鳴が聞こえ始め、今後の山頂付近の天候が危ぶまれるとのことで、山岳ガイドの指示に従い、下山することとなった。下山途中で、山岳ガイドの方より黄色の実がなるナナカマドの樹木を紹介して頂いた。今度は、ぜひ実のなる時期に来てみたい。

 

                       安達太良山(展望台より)                                                 展望台にて

           ナナカマド

14:00~ 巡検総括

 昼食後、ロープウェイ山麓駅にて本巡検の総括を藤縄先生より頂いた。(途中で山岳ガイドの方の予想通り、凄まじい大雨が降った。山岳の天候急変の恐ろしさを実感した。)

15:00~ 巡検終了・解散

令和5年度

令和5年8月20日(日)に茨城県立結城第一高等学校 藤平秀一郎教諭の案内で、東京調布市・三鷹市・小金井市・国分寺市周辺の関東平野の段丘地形を構成する地層の岩相・産状の調査・観察の巡検を行った。本地学部員のほか大学生など、講師を含め計15名の参加した。

 この地域にみられる武蔵野面(上位)と立川面(下位)及びその段丘崖を、野川沿いに上流方向へ徒歩で観察した。本巡検は探究活動として実施可能な点が特徴であり、探究活動ワークシートの問いを考えながら、周囲の地形を観察した。

 前半は、深大寺(調布市)から都立野川公園(三鷹市)の区間。深大寺では、武蔵野面を透過した湧水を不動の瀧にて観察。豊富な水量が出ており、深大寺そばとの繋がりが理解できた。湧水は、他の場所では稲作やワサビ田に利用される。その後は野川へ移動し、いくつか支流を観察。いずれも段丘崖に端を発する。段丘崖の高さは、階段を利用し測定した結果、約15mであった。また、小さな露頭で武蔵野台地を構成する地層の一部(ローム層)を目視できた。防災面では、水位上昇時に利用される野川大沢調節池(15.8万m3)があり、平時は運動場等として利用している。これは、野川の河川サイズは大きくないことを示す。前半最後の都立野川公園では豊富な湧水を観察でき(図1)、その水温からも湧水と認識できる。

後半は野川公園からバスで武蔵小金井駅に移動。駅から国分寺市東元町までの区間。武蔵野面から立川面へ続く段丘崖の急坂を全員で下る(図2)。その先の貫井神社では、上から関東ローム層、武蔵野礫層、そして上総層(基盤岩)を観察(図3)。段丘地形と地層の関係が把握可能な貴重な場所であった。また、湧水が段丘崖下に位置することが再確認できた。なお、野川は上流へ近づくに従い、川幅は狭くなる様子が観察でき、野川は湧水による河川であることが分かった。

 本巡検は上記事象を、参加者が観察を通して地形を探究し理解する、参加者がメインとなる巡検であり、巡検の新しい形を体験することができた。

 
 図1(都立野川公園)      図2(立川面へ下る坂)      図3(貫井神社の露頭)

夏季巡検報告(平成20年度~平成28年度)